4年という期間は、長いあいだその地で剣道をしてきた方にとっては短い時間です。でも、たった4年でも「4年過ごした人の視点」を記録しておくことは、少なからず意義があるはずです。
初めて日本の外で生活したので、偏った見方をしているかもしれません。それでも、あえて主観で感じたこと、知ったことを記録します。
目次
①驚くほど真剣に剣道に向き合っている
2017年にオランダに渡り、初めて日本の外の剣道を見てまずショックを受けたことは、その熱心さです。
オランダの有段者人口は約400人、面積は九州ほどです。人によって向き合う姿勢は異なりますが、私の周りにいる人たちは本当に真剣に剣道をしていました。
オランダに限らず、海外剣道を経験した日本人は同じ印象を受けることが多いようです。みんな口を揃えて「日本人よりも、真剣に剣道を学んでいる」と言います。「海外」と書きましたが、私が実際に見たのは欧州とカナダ、南米のアルゼンチン、オーストラリアなどです。
文化も、宗教も、言語も生活も何もかもが違う人たちが、日本文化の剣道を真剣に学び、そして楽しでいる姿はすごく新鮮でした。不思議と、「剣道って一体なんなんだ?」という疑問すら湧いてきました。
②「日本」について考える視点が変わる
もちろん剣道をスポーツとして捉えている人もたくさんいます。「ラストサムライに憧れた」「スターウォーズを観て興味を持った」といった理由ではじめて、すぐにやめてしまう人も少なくありません。
でも、自己鍛錬や剣道の精神性に惹かれて始める人も多いのです。なぜ剣道を始めたのか、どんな魅力を感じて続けているのか、しっかり言語化できる人もいます。
その話を聞いて「武士の思想って、国や宗教も越えるのか」と衝撃を受けました。武士道って、武士や剣道をやっている人たちだけじゃなくて、日本人みんなに少なからず染み付いている思想だと思うんです。
そんな風に考えると、中学生からなんとなく続けてた剣道に対する見方が少し変わりました。「剣道」という競技を通して、「日本人のこういうところっていいよね」と、なんとなく思われていることが見えてくるというか…。ちょっと主語が大きいかもしれないけど「わたしたち日本人自身」について考える機会にもなっているんです。
オランダで剣道をした経験のおかげで、武士道について本を読んだり、専門家の方にお話を伺う機会も増えました。歴史も長いので、学びが尽きないのはとても面白いです。
③普及、発展のために抱える課題
4年間過ごして感じた課題もまとめます。細かいことは色々あるんですけど、まず5つ挙げてみました。
①情報量の差
②六段以上の数が日本と比較して少ない、指導者が足りない
③世界大会に出るような選手でも、途中でやめてしまう
④床が悪いなど施設や道具の問題
⑤子供のモチベーションの維持 など
①に関しては、YouTubeで発信する日本人が増えたことやインターネット、ソーシャルメディアの普及の影響で、少しずつ縮まってきているのかなと感じます。
例えばコロナのルールについて解説した神奈川県剣道連盟の動画をオランダ剣道連盟の会長さんがシェアしてました。重要な試合はたとえ深夜早朝であってもライブ配信を観ている人もいます。
インターネットの醍醐味でもあるのですが、コメントがつかなかったとしても、何気なくアップロードした動画がめちゃくちゃ誰かの役に立ってることがあるとおもいます。
②については、高段者の先生が増えてきてはいるものの、日本に比べると圧倒的に少ないです。③にも関連するんですけど、自分より強い人がいなかったり、試合をする年齢が過ぎると、続ける意義を見出せなくて辞めてしまう選手もいるようです。
でも、欧州の剣道はどんどん発展してきていて、すごくいい雰囲気なんです。この環境を作り上げてくださった各国に散らばる先駆者の先生方、青年海外協力隊で派遣された方々は本当に素晴らしく、みんなに愛されています。
また、年に一回くらいの頻度で、全剣連や大学から先生方がきてくださって、講習会が開かれる地域や国もあります。セミナーに参加するために泊まりで他国から来る剣士もいれば、みんなで車に乗って日帰りで行く…なんてこともあります。
④一人でも剣道頑張ってる人がたくさんいる
ヨーロッパはたくさん国があります。フランスのように人口が多い国もあれば、例えば、三段がその国で一番上で「まだまだ学びたいのに教えなければいけない」なんて立場の人もいます。
そして、その解決策として剣道が盛んなヨーロッパの他の国に移住するんです。ヨーロッパは陸続きなので仕事を得やすいというのもあるのですが、衝撃でした。
試合に出るのが自分一人でも、指導者がいなくても、腐らずにわざわざ他の国に住んでまで剣道を学ぼうとする人たちがいます。そういうのを知ってしまうと、本当に、私のエゴかもしれないけど…何か彼らのためにできないだろうかと考えてしまいます。
⑤言葉をどうやって翻訳するか問題
私たちが普段何気なく使っている言葉を他の言葉に翻訳すると、「あれ、そもそもこの言葉ってどういう意味なんだろう」と考え直す素晴らしい機会になります。
剣道において「言葉で表現しきれないもの」ってどれくらいあると思いますか?全て言語化できるかどうかはわかりません。でも、少なくとも言語化する努力をしなくてはと、私は考えています。
溜めや攻めに関しても、日本語で言うと一言で片付いちゃうんですけど、翻訳・通訳をする場合は文脈を読んで補足をする必要があります。
抽象的な言葉は、国と文化が違うと伝わりません。「スッと入って、グッと溜めて打つ」こんな表現が出てきたら、通訳はめちゃくちゃ困ると思います。
各国に優れた通訳の皆さんがいるので、いつか「これってどうやって訳す?」って気軽に相談できる場を作れたらいいなぁなんて思ってます。
⑥剣道のために留学をする人も
「もっと学びたい」そう思う人は、国際武道大学や筑波大学に留学をしています。
留学まではいかなくとも有名道場や大学剣道部、警察で稽古したことがある海外剣士は少なくありません。「ぼく警視庁で稽古したことあるよ」というカナダ人の友達もいました。「いったいどこのルートを辿って警視庁の稽古にたどり着いたわけ?」と、これまた衝撃です。
毎年、夏に北本で行われる国際セミナーはとっても人気です。わざわざその講習を受けに、日本に来てくれてるんですよ。
でも、自力で留学先や稽古先、セミナーを探せる人もいれば、なかなか見つけられない人もいます。そして剣道を理解するために「他の日本文化も体験したい」と考える人もいます。このニーズに応えるために、ひなたMIYAZAKI 武道ツーリズム推進協議会は「武道ツーリズム」を企画し、さまざまな文化体験を提供しています。
こういう取り組みがもっと増えたらいいなと思いますし、何らかの形で、普及のお手伝いをしたいと考えています。
⑦イベントや学校に向け各道場が普及
オランダ国内における初心者への普及活動に関しては、現地の方々が本当に熱心に取り組まれています。例えば小学校に提案して、授業に取り入れて体験してもらったり、街ごとに「ジャパンフェスティバル」が開催されるので、そこで演舞をする道場もあります。
ホームページを作って定期的に発信もしていますし、Google Mapに剣道道場の情報も載せたりしています。
でも、海外で初心者に剣道を教えるのは本当に大変なことだと思います。やめてしまう人も多いだろうし、何より「ちょっと興味があって始めました」くらいのレベルの人だと、「なぜ礼をするのか?(礼しすぎじゃない?)」「なぜ裸足になるのか?」「なぜ所作や着装を正確に行わなければならないのか?」など、わたしたち日本人が子供の頃から教えられてきた「なんとなく身についていること」や「当たり前」の説明から入らないといけません。だから、苦労もめちゃくちゃ多い気がします。
⑧「剣道を楽しんでいる」雰囲気に溢れてる
初めてオランダで稽古した時に「うわぁ、いいなぁ」と思ったのは、稽古が終わって最後礼をしたら、拍手をするんです。これ誰が最初に始めたのかわからないのですが、すごくいいんですよ。お互い「頑張ったね!」って言い合ってるようで。
競技人口が少ないからかもしれませんが、少なくともオランダは偉ぶってる人もいない、フラットですごく剣道環境が良いです。
オランダ人がダイレクトなコミュニケーションを好むからかもしれませんが、表面上は合わせておいて、陰で悪口を言うとか、段位が上だからって遠慮して意見を言わないとか、そういうことはないように感じます。全体のために必要だと思ったら意見を言うし、かといって他人を軽んじているわけではないので、いい環境だなーって思います。
そんな環境だからか、みんな剣道をすごく楽しんでます。稽古も、素振り、足さばき、基本、応じ技、地稽古、たまに追い込みやかかり稽古など、充実してます。
⑨少年剣道の状況
試合数は年に数えるほどしかありません。痛いし臭いし、試合もない…しかもマイナースポーツ。そんな状況なので、子供のうちはやっぱりやめちゃう子が多いです。仲の良かった友達がどんどんやめてしまって「子供の頃から続けてた人は、自分くらいしかいない」って人もいます。
そんななか、現地の先生方は本当に熱心に子供たちを指導していますし、子供たちの交流を促進するための試合や合宿を企画してくださっています。
オランダの隣国にはベルギーとドイツがあって、毎年少年剣道の大会が開催されています。オランダも昔はあったのですが、なくなっちゃったんですよね。いつか復活させることが私のささやかな夢の一つです。ベルギーの試合はカナダから来た子供達もいましたし、地元メディアの取材も来ていました。
ちなみに、子供の頃に日本で稽古した経験があると、大人まで続ける人が多いそうなんです。正確なデータがないからわからないけど、でもきっと「海外で剣道をした」って経験は、子供にとって生涯にわたって心に残る経験になるんでしょうね。
だから、「日本に来てもらう」って取り組みもしたいし、逆に日本の子達を欧州に連れて行って交流を企画できたらいいなぁなんて思います。
⑩買い物は基本的にインターネット
当たり前なんですけど、「町の防具屋さん」が日本みたいにないので、基本的にインターネットで買い物をします。KendoStar とか、E-BOGU、東山堂でみんな買ってます。
E-BOGUは元IBMの有賀先生が立ち上げた会社で、ポルトガルでセミナーもしてくださってるので人気です!みんな道場ごとにWhatsAppのグループを作ってるんですけど、割引で買えるときとかまとめ買いして送料と関税を安くしようって時は、呼びかけあったりしてます。
これを書き出した理由
駆け足ですが、この4年間を通じて知ったこと、学んだことを書き出してみました。
基本的に前向きに「日本は好かれてるよ」的なテンションで書いてきましたし、普及に尽力してくださってる先生方のお話も書いてきましたが、残念ながら「教えてやってる」と高圧的な態度を取る日本人もいます。乱暴な言い方ですが、「日本のやり方に、とにかく従え」みたいな人もいるんですね。
海外の剣道普及って「教えてあげる」とか「与える」じゃないと思うんです。少なくとも、私は海外剣道に関わることで多くのことを与えてもらいました。「何か取り組みをしたい」と思うのも、「してあげたい」じゃなくて、どちらかというと恩返しです。
私はまだ4年しかオランダで過ごしてないので、知識も経験も人脈もないのですが、唯一、微力ながらできることがあります。それは皆さんから聞いたことや自分の経験を言葉にすることです。
この文章はとても主観的なものだけど、共感してくださった人が何かアクションを起こしてくれるかもしれないし、人のつながりが生まれるかもしれません。
そして、これまでヨーロッパで見聞きしてきたことを、今度は日本の人たちと議論して、数年後もしくはコロナが収束した時に、何か新しい取り組みができたらいいなと考えています。
日本の外に出てみると、当たり前がひっくり返って、とても新鮮で面白いです。見知らぬ国の人との交流は、きっと鮮明に心に残ると思います。そういったことを言葉に残しておきたいと思って、この文章を書きました。
長くなりましたが最後まで読んでいただき、ありがとうございます!